2022年11月18日

熟年超人A〜序章・初心者編(1)

どうもなにかいい夢を見ていたようなのだが、目覚めると覚えていない
いや、ひとつだけ微かに残っているのは、とにかく楽しかったという気分が残っている

最近は、朝起きるのが面倒に感じている
ネクタイを[選ぶのも、シャツと背広を合せるのもおっくうなのだ
妻に言わせれば、それもあの会社に行くことも、もう無くなるんだから目一杯楽しんだら、ってことか
妻は、ときどきパートなどに出ていたが、家庭を背負った私とは違うのかも知れない
まあそれもいい。もう少し深刻に受け取るかと思っていたが、どこの家庭にもやってくる”定年ってものが
夫にも来ただけなんだと割り切っているのだろう

その日は当然やってきた。会社で決めた通りの日に私を訪れた
幾たびか転職を繰り返し、最後の転職先だったSAプランニングの定年退職の日
お決まりの送別会は、私と言う人間が居る仕事場と、もういない明日からの職場の区切りのイベント
2次会に誘う声もないままの散会、「お元気で」「皆さんも頑張ってください」「長生きしてくださいよ」とかとか
それでも、皆も私も、同学年でこの会社に誘ってくれたM田井社長も、これでそれぞれの生活に戻る訳だ

火照った頬に風を感じながら、妙に大きな花束を手にして、駅に向かってふわふわ歩いていると
背の高い男が明るい駅を背にこちらを見ている
なぜ、私を見ているのだろうと訝りながら、それでも歩調を変えずに、歩いた
そう、もう私は今や自由人ではないか。会社勤めは終わったのだから
あいつが何処かで挨拶したことのある取引先の部長でも社長でも
企画コンペで出し抜いたことのあるライバル会社の社員でも構やしない
今の私には、頭を下げなきゃいけない相手なんか、もうないのだ
と、いささか酔いの回った大脳辺縁系に煽られて、どんどん間を詰めて行く

「待っていたよ。早めにあんたに引き継ぐことができて良かった」…確かにそう言った
思わず立ち止まって、しげしげその男の顔を眺めてみる(酔っていなければそんなことはできないが)と
声は深くてしっかりしているが、見た目は結構、年寄りに見える
「えぇーっと、お、恐れ入りますが、どちら様でしたでしょうか…」
自分の声が頼りなく、自信なげに遠くに聞こえる
「衣装の素材は君のアパートに送っておいたから」
なにを言っているのか分からないが、いつも他人に命じ慣れている口調
もしや、社長が今日の送別会では黙っておいて、お取引先か、下請け会社に私の次の就職を頼んでいて…
いやいや、あり得っこない。昨今の景気では、そんなことあるはずがない

「すみません、私になにか御用なのでしょうか?」
なんと、我ながら自信なさそうな声しか出ない
「そうか、あんたには昨夜連絡しておいたはずだが、忘れてしまったのか」
昨夜…、連絡…、えっなに、なんの連絡があったというんだ
メールもケータイも、このところなにもなかったし、社内でも、定年間近の私に話しかける者もなかったが…
いいことと言えば、夢でスー○ーマンみたいに活躍できたこと
そう、それくらいしか楽しいことはなかった、が…
そうだ、忘れていた、夢の最後に誰かに囁かれていたっけ。『じゃあ、OKだな』…とか
「ええっ、まさか、貴方、夕べの夢に出たとか、そう言うのじゃないですよね」
「そうだ、そこで次の超人職はあんたに任せたんだ」
じょ、冗談じゃない…そうか、なんだこれ、ドッキリテレビなのか?
な〜るほどぉ、そうだ、テレビ番組なんだ…
最近の地方局は、一般人も巻き込んで、こういうのよくやるんだよな
「あ、そうでした、そうでした、思い出しましたよ」…得意(だった)の営業口調が戻って来た
「やりますよ、超人職でしょ。やりますよ」
「そうか、良かった。では、これが“引き継ぎ短針“だ」
言った途端、男が私の胸に手を伸ばし、瞬間、ちくっと、胸に痛みが走り、…私は理解した

この星にも超人職が導入されたのだ
そして、なぜか私が第3代の超人になったことを
文明レベルが一定(核分裂の応用)に達し、かつ、自力で正しいことが決められない星に
必ず派遣されるのが超人≠ネのだ

その任は必ず、その星の人間が務めることになっていることを理解した
私に引き継いで、急によろっとなりながらも、それでも、やんわり微笑んで
ゆっくり歩き去ったのが、2代目超人、だった人
私の心臓は大きく、熱く、力強く鼓動し
彼の引き継ぎ思念が、これまでの彼の苦闘をはっきりと、私に伝えてくれた

初代の超人は、この惑星の最先進国の人間で、若く逞しい人物だったらしい
ただそのことが、超人としての任務を遂行する上で、大いに障害になったのだ
彼は、若い女性(美人の)を救うことに気を奪われて、一般人を後回しにしたり
重大事件の糸口が掴めずに、防げるはずの悲劇を避けられず、悩んだ末、北極で消息を絶ったという

それを反省した神?は、2代目超人に、戦争に負けた結果、平和になった国の50才の人物を選んだ
神仏をほどほどに信じ、真面目に働き、一家の幸せを夢見ていた、平凡な人物を
しかし、2代目超人になった背の高い男は、己が授かった特別な力に困惑して、超人職を全う出来ず
早々に辞退を申し出て、以降50年間、ひたすら目立つことを避ける人生を送ることになった

2代目の男の深層心理から、この惑星人の基本的資質を再洞察し、背の高さも外見も普通で
特に、人生の成功も経験せず、かと言って投げ出すこともしない人種をベースに
そこに、挫折した2代目が陥った、全くの普通人が超人を務めることの困難さを加味して
楽観的科学指向を有し、組織よりも自己実現を優先する人間(私)が候補となったらしい
つまりは、三度、超人を選ぶことになったいきさつを理解できた


そう、夢の中での私の示した(ほどほどの)超人ぶりが
銀河連邦(?)主管局の審査を通る決め手になったことも、全てわかったのだ
(基本単一言語・ほぼ単一種族の日本人で、SF好きが重視されたとか)

そして、任期はこの星の公転周期で50回転、乃至100回転分となっており
50年後に、一度更新か引き継ぎかの打診があるとのこと
また極端に実績がなければ(つまりなにもしないと)
途中解任(になるとどうなるのかは、引き継ぎ事項にはなかった)もあるらしいが
とにかく100年満了で、成績により上級職への昇進もあるらしい

超人能力は、空を飛べ、銃弾にも貫通されず
力は機関車(??)よりも強く…etc.etc、つまりはスー○―マンと同類
概ね、ご存じの通りの力を持ち、性欲や味覚、睡眠欲
温度や湿気などの感覚を、残すかどうかは本人の選択可能

この惑星での加齢は、任期中は100分の1で進行し、病気、飢餓はなく
なにを守り、なにを罰するかは自由判断(正義か悪かも本人次第)
と、まあこんな知識が、いつの間にか自分の脳内に存在していて
考えようとすれば幾らでも細かく分析・理解できる

ふつふつと、やる気が起こってきたような気もするが
ちょっと引っ掛かるのは
件の2代目が、100年の交代期ではなく、短い方の50年での交代を選んで
私に引き継いだ後、いかにもほっとしたように微笑んだことだ…

アパートに帰って、部屋の明かりを点けようとして…やめた
明かりを点けなくても、室内がよく見えている
そうだ、私は超人になったんだ
そう言えば、駅からから走るように(自分では歩いている積りだったが)
帰って来たのに、ちっともはあはあしていない

帰る途中、空を飛んでみようかとも思ったのだが
誰かに見られていたら困る(防犯カメラも多いし)と思って歩きを選んだ
そう言えば、電車でも立ったままで、いつもの揺れがまるで気にならなかった

寝る前に、これからどうするか
考えとかないといけないんじゃないか、とネガティブ思考が囁く
暴れ放題のマーベルコミックなら、後先考えなくても良いだろうが
ここは和の国、日本なんだし…

そもそも私は、思いつきだけでこれまでやってきたような人間だ
(…広告業界では、思い付きは“ひらめき“と訳す)
そして、テンションで突っ走った後の、虚しさに弱いのだ
さあ、どーするワタシ

ちょっと一杯飲りながら、考えを進めようかと、冷蔵庫から出した缶ビールの
プルトップを持ち上げようとした瞬間、ぶしゃっと握りつぶしてしまった
いかんいかんオレは超人なんだ。力の入れ方に気を付けないと、このアパートだってアブナイ
そっとテレビのリモコンを(潰さない様に)操作して、深夜番組を見ながら、全然眠くないことに気付く

そう言えば、送別会の酔いもすっかり消えている
試しに、取って置きのウイスキーをストレートで飲んでみたが、全然、水みたいなもんだ
だが、つまみのサラミは、ちゃんと味がある
どうやら、体に良くないものは無効になるようだ
こりゃあ、自分の能力をちゃんとチェックしとかないと…

ま、明日からずっと暇なんだから、ゆっくりやろうか
と、もう一人の私がつぶやいた

そんな眠らないままの夜が明けて、私の気持ちはしっかり固まった
自分に何ができるかは、大体理解できていた
確かにスー○ーマンのようなことは、やれそうだ
…しかし、しかし、だ

若い頃なら、悪い奴をやっつけて、困っている人を助ければ、気持ちが良かっただろうが
どっこい、今の自分には、世の中の仕組み、ってものがそこそこ理解できている
そもそも、たった一人で、世界の困っている人全部を救うなんて、無理に決まってる
なら、ここは居直って、自分の目に付いたことだけに関わろうか、とも思ったが

やってしまった後のことを考えると、めんどうなことが、山ほど残りそうだ
もし、悪いと思った奴をぶっとばして、そいつが死んでしまったり
ぶっ飛んでって何かにぶつかって、壊しちまった物の持ち主が、損害賠償を求めてきたら、どうする?
そーして、警察とかが、逮捕に来たらどうする?

おとなしく捕まってたりしてたら、いつまで経っても、悪い奴なんて片付けられないだろうが
警官の指示に従わなかったら、即、公務執行妨害で逮捕、だろうし
大体、目の前の悪そうに見える奴だって、本当は、どの程度のワルかも分からない
被害者に見える人物が、実は陰湿なことをやってのけてる場合もあるんじゃないか

…ということで
当面は力を発揮せず、メディアの情報を基に、聞き込みをして、充分検討した上で正義活動をすることにした
まあ、偶然、犯罪に出くわしたら、緊急発動することにするが、そんなこと私の60年間では1回も無い
(…いや、危なそうな場所に出かければ、あるかも知れんな)

*
*

しかし、前任のあの人は、なにをやってたんだろう?
どうも、50年目でリタイアしたみたいだったが
そうすると、1967年前後に超人になったはずだ
さっそくググってみると、なんとまだビートルズが現役で
アメリカでは、マルコム]が暗殺され

美空ひばりが「柔」をヒットさせ
映画の007がゴールドフィンガーの悪事を暴き
ジャイアンツの長島選手が結婚し、テレビでは緒方拳の「太閤記」や
「おばけのQ太郎」や「ジャングル大帝」が人気だったらしい

その後、世界や日本で起きた、事件とか戦争を思えば
スー○ーマンが活躍するのになんの不足もなかっただろうに…
そんな解決って、あったか…?
無かった…、と思う

もう一度
彼の残していった『引継ぎ残留思念』を精査してみたが
なにか軽い後悔のような、後ろめたさのような、そんな感触があるだけで
彼のやったことの具体例は、わからなかった(隠したい過去だったのか)

う〜ん、これはもっと慎重に考えないといかんのかなぁ
ちなみに、私には息子夫婦と同居して暮らしている
奥様もいるし、孫ももうすぐ生まれそうな、そんなリア充?熟年を目指しているのだ
別にその気で探さなくても、世界にも日本にも
超人なら解決できそうな困ったことは、いくらでもあるように思えた

そうなると、きりがなさそうなので、今後の行動基準としてとりあえず
経済問題、政治問題、倫理問題を避け、暴力に見舞われている人を助けることにしたが
そこにも問題がありそうだ

大体、スー○ーマン映画を見ても、きれいな女性が危ういところを
(そう、誰が見ても危機一髪というところがミソではある)
つまり、助けられてこそ、自分に降りかかった災難を振り返って拍手するが
所詮、それを見ている一般大衆は熱しやすく忘れやすいもの

後で、あっちのおばあさんを先に助けるべきだったとか
こっちのワンちゃんも怖い思いをしてたのに…なんて言われかねない
まして、ネット社会だから、新聞を見てから世論が起こるより先に
2チャンネルとかで、私の正体だって曝されかねない

そうなったら、妻や子や、その家族にどんな累が及ぶか、想像するだに恐ろしい
これは、しっかり考えてから行動しないと…と考えるほど気が重くなる
それもともかく、まず自分の超人力がどのくらいのものなのか
今は、それを把握することを優先することにした

この考え方は、前職で身に着いたもので、古い商店街のコンサルタントの際に
私自身、よく口にしていた、イベント開催前の準備段階、その1である
そこで、能力テストだが、もちろん、人には見られたくない

幸い、夜目がすごく効くので、深夜に近くの河原に出かけて試してみることにした
ところが、深夜と言っても超人の視力、聴力を駆使すると
そちこちに人がいたり、防犯カメラがあったりするのがわかる
暗闇というのは、カップルやら、痴漢やら、怪しい連中やらが好んで集まり
また、コンビニの関連者、新聞配達、運送業者などなどが活動している

やむを得ないので、20qほど離れた里山に行ってみることにした
夜空に溶け込むよう、(妻がダサイと言っていた)濃紺のジャージを着込んで
空を飛んでみることにした
飛び方は前任者の伝達記憶にあった通り
息を溜めて、片手を挙げてエイッと体を浮かすようにしてみたが、これが難しい

つい、足でジャンプしてしまうのだ
すると、ぴょ〜んと跳び上がってしまう(あの、高いビルもひとっ跳び、状態である)
アパートから少し離れた、新築中のマンション工事現場の傍で試したのだが
幸いどこにもぶつからずにマンションを飛び越して、公園らしい場所の傍に降り立てたが
着地時に(スキーで言う)抜重が上手くできず、30pほどの凹みが…

空を上手く飛べないなんて、欠陥超人だなぁと自己嫌悪
まあ、上手く飛べるようになるため、練習するしかない
取りあえず、今度は走って行くことにしたが、思ったよりも、すごく早い
途中で、タクシーを軽く追い抜いたところをみると、時速100q近く出ていたんだろう
(タクシーの運ちゃんは驚いたろう)
まあ、謳い文句の通りなら、ピストルの弾丸より速いらしいから
MAX時速1500〜1600qくらい出せそう(街中じゃあとっても試せない)
どうにか、人目がないところを何ヶ所か見つけて
あれやこれやひと通りやってみたが、これだ、という手応えがない

とにかく、力の加減がものすごく難しいこともわかった
例えば、乗用車など持ち上げると、とても柔らかく作られていて、手の跡が残ってしまう
トラックとか重機はその辺りはいいが、足元がめり込む
バランスよくやらないと、重機でも形がちょっと変わってしまう
余程注意しないと、持つ部分に力が加わってしまうので、そこに神経を使う

超人になったおかげで、体の疲労はないが
心が疲れるのだ
これは、日本人には不向きなんじゃないかな
と思いつつ、明朝のテレビでなにか報じられはしないか、と、気にする私

折角、定年退職したのに、いつ帰るのと、妻は何度も留守電とメールで訴えてきたが
こっちは超人能力を、ものにするための練習練習で忙しくって、返事もできない
…というか、返事をする気にならない
とにかく、これから世界を救うかも知れないのに、と肩に力が入っているのだ

超人になるための練習中で忙しいんだ、なんて言えるわけもない
言えば、『そんなこと誰かに任せて貴方は家のことをやってちょうだい』
とか、言われるに決まっている
…て、こんなだから、私は愛想つかれてるんだろうなぁ

そんな具合で2週間ほど経つ頃には、大分、超人らしくなっていった
そこで、最初のならし運転をどうするか、楽しい空送を膨らませていた
平井先生の『狼男』シリーズが参考になったが
実際に、繁華街の危なそうな処に行ってみても
そうそう危ない連中なんて都合よく出て来てはくれない

やっぱり私には、危険な男の発するオーラがないんだろう
大体、他人といさかいを起こしたくない気持ちが強いし
大した理由もないのに、ひと暴れなんてできないもんなぁ…

posted by 熟年超人K at 19:06| Comment(0) | 近過去SF小説
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