2022年11月29日

熟年超人A〜序章・初心者編(5)

でもこの件は、さすがにこのまま終わり、とはいかなかったんだねぇ…
翌朝、いつもの習慣通り焼いたトーストにマーガリン塗って
ぱくっとやりながら、テレビを点けた
お気に入りのキャスターのニュース番組を見ていると
やっぱり昨夜の騒ぎが取り上げられていた

タイミング的に(や)の抗争事件はネタになるようで
やられた側の組関係者の話がメインではあるが
対戦相手は少数で、フェイスマスクを被った格闘技のプロか?
と、話が盛り上がってしまっている

格闘シーンも街頭の防犯カメラが撮ったものと
野次馬がスマホで撮っていたものの2通りの映像が流れた
私の動きが早すぎて、相手さんがぽんぽん飛ぶのが
なんだかポップコーンを爆ざしているように見える

画素数が粗いし、動きが早いのでアップでは分からないのが
救いと言えば救いだが、こりゃいずればれるな、と思った
ここで小心者らしく訳のわからない不安感が、もぞーっと
胃のあたりでわだかまったが

ここで慌てるようじゃ超人なんてやってられない、と
逆発奮して、まず「周囲偵察」能力でアパート周辺を探ってみた
2分間ほど試みてみたが、変わった動きはない
もっとも、動いていないものは透視眼で見透かせる範囲しか見えないので
このアパートの近くには張込み車がない程度の索敵なんだが…

一応落ち着いたところで、久しぶりにドリップコーヒーを嗜んでみた
あまり害のないものは、ちゃんと味がするのがありがたい
アルコール分はしっかりろ過されてしまうみたいで
昨夜は、ちっとも酔わなくって、正直つまらなかったのだ

実はその時点で、(や)さんも警察も、私が思っていたより優秀で
かなりなところまで、迫って来ているのではないかと、心配が頭を擡げて来る

と、そのとき携帯の着信音、である
ぎくっとして、画面も確認せず電話に出ると

妻の慌てた声が耳奥にこだまする
〈パパ、生まれるわよ、T彦ももうすぐ会社から病院に回るって〉

おお、そうか、と返事をして、時計に目をやると、9:15と出ている
病院の名と何号室か聞いて通話を切る
そうか、孫が生まれるんだ
と、感慨が押し寄せて来ると同時に、現在の状況がとても重くなる
こんなことしていて、私は家族の幸せを安全を守れるんだろうか

見たこともない、どこかの誰かさんたちを
悪い奴らから守るなんて、できる訳はもない
お役目返上、といきたいところだが
その場合のペナルティとか、責任追及の度合いがわからない

というか、こちらからジュブブに連絡する方法すらない
なにかすごい切迫感というか焦燥感がつのってくる
引き継ぎ前任者の残留思念を探ってみたが
結局、なにも引っかからず
こんなことになるなんてぇ〜状態で、心がパニくってしまう

もしやテレパシーとかが出来て
一生懸命念じれば、ジュブブに繋がるかも、とやってみたが
もちろん、そんなに都合よくはできないのだ
とにかく、病院に行かねばと財布と携帯を持って室を出た
慌てて、超人力が出てしまわないよう、そこには注意を払いつつ

その時点では、アパートの近くにまで来ていた(や)の雇った探偵にも
駐在所の警官の巡回にも気づかない、ド素人の私であった
とにかくゆっくり歩いたつもりだったが
傍から見れば相当なスピードで走っているように見えただろう

大通りに出て、タクシーを拾おうとしたのは
そんな自分があせって、つい超人力を発揮しないように考えたからだ
なのに、タクシーに乗ってしまうと
道の混み具合とスピードの遅さ(自分の走りに比べ)にいらいらしてしまう
ついドアを叩いてしまうとか、床をどんと踏みつけたら、大変なことになるぞ

と、自分を抑えている私の表情がよほど険しく見えたのだろう
運ちゃんが心配そうに声をかけてきた

「お客さん、大丈夫ですか?」
ああ、大丈夫ですよ、と返答すると
「お急ぎなんでしょう。まあ、違反にならない程度に頑張って走るんで
S病院なら、少し割増しになりますけど、脇道なら早く行けますよ」

じゃあ、それでやってください、と返事した途端
タクシーの運転が活性化した
少し走ると、さっと脇道に入って
そんなに広くはない道を相当なスピードで走る走る

歩行者こそほとんどいないものの
自転車やバイクが走っていたり
軽四や宅配の車が駐車している道をすいすい抜けて走るのだ
「大丈夫っすよ、私、この道慣れてるんで」と
自慢そうに運ちゃんが喋った途端、左の脇道から車が鼻っ面を覗かせる

おっと、と右に避けながらそこを抜けかけたその時
今度は右の小道から自転車が出てきた
慌てて左にハンドルを切ったところに、あいにくバンが停まっていた
パニくった運ちゃんはブレーキでなくハンドル操作で回避
その勢いで交差点に突っ込んだ

運の悪いは重なるもの
右の道から、女子高生を横目で見ながらのワンボックス出現!
ダーン!と2台の車は衝突して、ワンボックスは右斜めに突き進んで街路樹に
こちらは、左前に弾かれて簡易郵便局に突っ込んだ

後部座席に座っていた私は
左右に大きく振られつつ、この状態をどう収めたらいいか
考えようとしていたが、残念ながら脳は超人でなく
動きだけがスローモーションの状態を眺めているだけだった

結局、ドッカーンと郵便局に突っ込んでタクシーが止まり
運ちゃんが膨らんだエアバッグに頭を埋めて呻いているのを確認
私としては、こんなところで時間を無駄にしている訳にいかないと
壊れて開かない(運ちゃんは宋さ出来ない)ドアを押しのけ
めちゃめちゃになっている郵便局の中に出た

びっくりして茫然としている2人の郵便局員と
なんとか無事だった女性客1人が唖然として見ている中を
服のほこりをポンポンとはたきながら私が立ち去る
とは言っても、タクシー代を置いていくのを忘れたくらいだから
私自身、平常ではなく、それがまた次の展開に続くことになるんだが…

ま、この場面は一応これで終わらせるとして
病院にたどり着いた私はと言えば
はたき落とし切れなかった土ぼこりにまみれたぼさぼさ頭と
あちこち擦り切れたようなジャケットにズボンといったすごい状態

そんな私の姿を一目見ると
妻は、私の手を引いてトイレの前の廊下に連れて行き
「なんて格好で来たの!」と、小声で怒る
いや、ちょっと事故にあったもんで…
と、もごもご言い訳すると

「事故?どこか怪我してるの?」
と、声音が心配そうなトーンを帯びたが、それも束の間
ささっと、私の全身をチェックし終えると

「別に、どこも怪我してないみたいね
でも、こんなに埃だらけじゃ、赤ちゃんのとこなんか
行けないわよ。さっさと、トイレの鏡見て直してきなさい!」
と、いつもの調子に戻る

結婚した頃の妻から、子供を産んで育てた母への変身は
超人も顔負け、というところだが
そのおかげで、私は仕事に専念(?)できた訳だし
どこの夫婦だって同じようなものだと分かっているから
こうして、躾けてもらっている状況は決して嫌ではないのだ

が、放っておくとどんどんエスカレートすることも
身に染みて分かっているので
私は、うん、とうなずいてトイレの洗面台の前に立ち、水を出して
顔と髪の汚れをちょちょっと取って、メガネを外し顔を洗った

すると、鏡の中の自分が生き生きして見える
そうか、メガネなしでも良く見えているんだ
マスクを被るときは、ケースにしまっておいて
超人化していないときはかけるようにしていたのに
かけてもかけなくても、どちらも同じようにクリアに見えている

きっと瞬時に屈折率を目が調整しているんだろう
こりゃすごい、とか思いながらトイレから戻ると
妻が怪訝な顔をしている
「あなた、なんか若返ったみたいねえ」
そう言って、こちらの顔をじろじろ眺めている

posted by 熟年超人K at 18:05| Comment(0) | 再編集版・序章
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